suzusan 24AW COLLECTION
“MELANCHOLY“
生まれてから様々な場所に行き、様々な人に出会い、時々の触れ合いの中から多くのことを学びながら今の僕が形成されている。その時にしか見られなかった景色や、感じられなかった時間、話せなかった言葉があり、思い返すと後悔することもたくさんありながら、その日々日々を超えて過ごしてきた。
電車に乗って違う街に行く時、後ろ向きの座席に座ると背中から風景が飛び込んできては目の前を通り過ぎ、どんどんと小さくなって最後に見えなくなる。その景色を一人で眺めているとこれから起こるわからない未来の風景が突然押し寄せては、大きく膨れ上がった後に記憶の中で薄らいでいくように、過ぎ去る風景の中で一本の時間の軸を感じる。見えなくなる風景が愛おしく感じられて、枯れ葉や雪の積もる季節などは過ぎていく街々を見てたまらなく寂しく感じる。
ただ記憶の中に留まることを決めた景色や出会いもあり、若い時に毎日聴いていた音楽のように、耳の奥底にこだまのように残っていて、ある時にその音や情景にふとまた出会う時もある。
最も好きなペインターのひとりフランシス・ピカビアが74歳の彼の生涯で何度も作風を変えた中で、「透明の時代」と呼ばれている時代の作品群が一番心に残っている。昔の記憶と、いま目の前にある現実が重なり合い、彼にとって大切な記憶として時に確かに、時にぼんやりとした輪郭の中で浮かび上がる。キャンバスの上で重なる記憶の層の中で、漂う深い哀愁を抱きながら、もう一度蘇らせることで今の時代を生きられているような、そんな思いを彼の絵を見る度に感じる。
おそらくこれからもたくさんの景色が目の前に現れ、多くの出会いがあり、また別れもあるだろう。たくさんの忘れてしまいそうな小さな記憶に触れることで、僕は今の時間を乗り越えていける。
suzusanクリエイティブディレクター
村瀬弘行