有松の歴史とスズサン


有松の町は慶長13年(1608年)に尾張藩の呼びかけにより移住してきた村人8名によって有松に村が作られました。
田畑には向かないこの地で町を活性化するため、江戸初期に国内で木綿栽培が始まった近隣の地域から反物を仕入れ、工夫を凝らして絞り染めを開発し、東海道を行き交う旅人のお土産に手ぬぐいを売るようになります。 その後、尾張藩の専売制により絞りは瞬く間に人気を博し、安藤広重の東海道五十三次の浮世絵にも描かれるまでになりました。

江戸時代には、尾張藩の庇護のもとで将軍献上の高級品としても珍重され、地域の繁栄を支える重要な産業となっていきました。その後、明治維新により絞り産業は一時衰退するものの、様々な努力により復興し、明治時代から大正時代にかけて最盛期を迎えたます。また、絞り商の援助により 鉄道の延伸や有松駅の設置、学校の開設が実現し、この地域は大いに発展したとも言われています。

有松は世界一絞り技法の多い絞り染めの産地として知られ、1975年には有松鳴海(ありまつなるみ)絞りが愛知県の伝統的工芸品の第一号に認定され、今日まで多彩な技術が受け継がれてきました。また、大都市としては珍しく奇跡的に戦災を免れたこの地域は、2019年に有松の町並みが文化庁より日本遺産に認定されました。
日本遺産・有松の認定名称は「江戸時代の情緒に触れる絞りの産地~藍染が風にゆれる町 有松~」。東海道約800mに沿って建ち並ぶ有松の古い町並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定されており、歴史的価値の高いものといわれています。

スズサンの前進である「鈴三商店」は、100年以上にわたり、この名古屋市有松に伝わる染色技法である有松鳴海絞りを家業として営んできました。
明治中期に、初代・鈴木定七が有松鳴海絞りの図案、型彫、絵刷り職を創業。その後、2代目となる鈴木三郎が「鈴三商店」を開業し、絞り加工のコーディネートを行う”影師”として営みます。
そして3代目の鈴木三義左衛門が事業を引き継ぎ、1977年、鈴木の甥にあたる4代目・村瀬裕が「鈴三商店」を継承。1996年に屋号の「鈴三商店」を「スズサン」に改称し、事業の形を変え新しい挑戦を重ねてまいりました。
そして2008年、海外で展開を開始するにあたりドイツ・デュッセルドルフで現地法人Suzusan e.K. (現Suzusan GmbH & Co.KG)を設立。数枚のストールから自社ブランド<suzusan>をスタートします。その後、分業だけでなく有松産地の中で技術が蓄積し一貫生産の出来る新たな生産基盤として「株式会社スズサン」を設立し、現在に至ります。

明治中期初代・鈴木定七が有松鳴海絞りの図案、型彫、絵刷り職を創業。 その後2代目鈴木三郎が「鈴三商店」を開業し、絞り加工のコーディネートを行う「影師」として営む。
3代目・鈴木三義左衛門が「鈴三商店」を継承。
1977鈴木三義左衛門の甥にあたる村瀬裕が4代目「鈴三商店」を継承。
1996「鈴三商店」を「スズサン」に改称。
20085代目の村瀬弘行がドイツ人の友人と共に留学先のドイツ・デュッセルドルフにて 「Suzusan e.K.」を設立。自社ブランド <suzusan>を始動。
2009照明コレクション『suzusan Luminaires』をローンチし、 Ambiente(フランクフルト)および Maison & Objet(パリ)にて発表。
2011直営店舗【有松アトリエ】を有松にオープン。
2013パリファッションウィークにて<suzusan>コレクションを発表。以降毎シーズン継続発表。
2014株式会社スズサンとして法人化。
ミラノファッションウィークにて<suzusan>コレクションを発表。
2015デュッセルドルフ、ミュンヘンにて<suzusan>コレクションを発表。
2017<suzusan HOME & LIVING>を開始。
2018事務所兼工房として本社を現住所に移転し、絞りの一貫生産体制を構築。 有松に直営店舗【suzusan factory shop】をオープン。
ドイツ法人「Suzusan e.K.」を「Suzusan GmbH & Co. KG」に改組。
2019<有松アトリエ> を <aigaeshi> にリブランド。 ワークショップスペース「Studio Suzusan」を有松本社内に開設。
2020村瀬弘行がCEO兼クリエイティブディレクターに、村瀬史博がCFOに就任。
デュッセルドルフに直営店舗【suzusan flagship store】をオープン。
2021ミラノサローネに <suzusan HOME & LIVING> を出展。
<aigaeshi> を <tetof 1608> にリブランド。