“ENCOUNTER” 邂逅
この8年ぐらいは夏になるとスイスのバーゼルに訪れ、この街にある Museum der Kulturen(文化博物館)で収蔵品の調査をしている。1875年に作られたこの博物館には、世界中から集められた文化的に高い価値を持つ33万点もの品々が、広大なデポと呼ばれる収蔵庫に一つひとつナンバリングされて大切に保存されている。モンゴルの敷物、チベットの仏具、さまざまな
アフリカの地域の盾や槍やマスク、中国少数民族ミャオ族のきらびやかな装飾具やオセアニア地域の巨大な祈りの彫像。さまざまな文化と地域、そしてそこに暮らす人々の背景が、引き出しを開ける度に躍り出し、それを作った人々の息づかいまで聞こえてくる。
ここにある衣服や装飾具は全て人の手で大切に作られており、現代の「ファッション」という言葉で呼ばれるようになる。ずっと前のものが並んでいる。寒さをしのぎ、祈りを捧げ、敵を威嚇し、祝祭を盛り上げるもの。当時の限られた素材から膨大な時間を費やし作られたであろうものも多く、相当な集中力のもとに作られたと想像すると実直なものづくりへの姿勢が目に浮かんでくる。この手仕事のルーツに触れるたびに先人たちの無言のメッセージを受け、真伨にものづくりに向き合う気持ちをいつも新たにする。
日本の衣服のコレクションも沖縄からアイヌまで非常に素晴らしいものが多く並ぶ中、その建物の一角には250点ほどの有松鳴海絞りのコレクションもひっそりと眠っている。聞くとこの博物館の以前の館長であった Albert Bühler (1900-1981) が1964年に日本を訪れた際に、全国各地を歩いた中で僕の故郷でもある有松にも立ち寄られ、さまざまな工房に出向き多くの資料をスイスに持ち帰られたという。その中には今では日本でも見られないような柄や技法も多く、初めて見た時には遠く離れた異国の土地で自分のルーツとの邂逅に心が震えた。その当時の意匠の高さに感嘆するとともに、今では高齢になった職人のおばあちゃんたちが、子供の頃に作ったものもあるのだろうと思いを馳せながら、一枚一枚の布に触れていた。
この半世紀の間にも世界から無くなってしまった文化は数えきれない。おそらくその中のほとんどは二度と蘇ることはないだろう。僕たちは過去に触れ、未来を描き、時代の橋を渡すことで、有松という小さな町の文化を次の世界に伝えることができる。
これからこのデポには何が収められていくのだろう。大切に作り、大切に使うこと。故郷より遠く離れたバーゼルの品々は、とてもシンプルなメッセージを今の時代に暮らす僕たちに静かに送り続けている。
suzusan クリエイティブディレクター 村瀬弘行